四国化工機株式会社

COOPERATION

四国化工機株式会社

富士小山食品工場製造課 班長補 小野 慎介

小山での雇用も積極的に
行ってくれた四国化工機。

私たち四国化工機株式会社は徳島県に本社を持つ会社です。充填包装機械などを製造する機械事業と包装資材事業そして食品そのものの製造事業を事業の柱にしている会社です。ここ富士小山食品工場では紙パック充填飲料の製造を行っていまして、私はその中で充填前のフェーズである原料の製造工程を担当しています。具体的には調達された原材料を調合あるいは調理したりして最終的な飲料のもととなる素材を作るということを行っています。原料製造チームは全部で9名。私は小山工場竣工のときの入社です。入社以来多くの時間を原料製造業務に当てていますので、いまチーム内では中堅の立場。班長を支えながら後輩のサポートも行っています。この工場は2007年に出来たんですね。その際会社がこの小山町住民など地元を対象にした求人を出してくれた。そしてたまたまでしたが私もその求人広告を見た。それがきっかけで入社したわけですが、工場竣工に際して、私たち地元の人間をできるだけ雇用しようとしてくれた会社の姿勢は、小山町で過ごしていた私にはとてもありがたくってうれしい出会いだったと思いますね。

東京に進学、でも戻ってきたのは
ふるさとだから。

私は生まれも育ちも小山町です。学生時代に一度東京に出ていた時期もありましたが社会人になるタイミングで小山町に戻りました。東京も決して悪いところではありませんでしたが、正直東京でずっと生活していくイメージは湧かなかったです。音楽が好きで音楽を学びたいという一心で東京に進学。もちろん音楽に関連した仕事に就くことも夢見ていましたが、それってそんな簡単なことではないですよね。でもそれを実感することができたという点で東京進学には意味があった。残念でしたけど音楽は仕事にはできないなとわかったとき、東京にい続けることよりも小山に戻ることの方がいい、人生をすごしていく場所はふるさとがいいなという思いが素直に湧いてきて小山に戻ることにしました。正直なんにもないですよ、小山町。富士山だって当たり前にそこにある存在です。でも僕にとってはここが一番居心地のいい場所なんですよね。便利とか不便とか関係なく、ずっといたい町、それが小山町なんです。

町の活性化のために
向き合うべきこと。

町が他の地方都市同様、過疎化していることは知っています。人口が2万人割れしたというのも聞きました。ただ、普段生活している中でいまは極端にそれを実感することもないですね。宅地造成なども進められ、新しい住民も増えているようにも感じています。それも地方活性化のために町ががんばっているからなんだと思いますし、今後もますます活性化というものに取り組むことが大切なのもわかります。若い人がより一層増え、町が活気づくことはいいことですし、必要ですよね。ただ、僕個人が一番思うことは「この町には変わらないでいてほしいな」ということです。ここは不便な部分もありますが、暮らしを営む場所としてとてもいい場所です。自然豊かなことに特別な感情はないはずですが、でもこの前まで森とか山だった場所が削られているのを見るとどこか心がざわつく自分がいたりもします。そういうことも含め、僕は出来ることならばこの町にはいつまでも変わらないでいてほしいと感じているんだと思います。僕たちはいま、この先も変わらないために変えなければいけないことにまず向き合っていくことが大切なのかもしれないですね。