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第9話:秋 仕事編

朝、玄関を出るとそこは一面銀世界だった。振り返ると白い傘をかぶった富士山が誠二を見下ろしていた。

「いってらっしゃい」と富士山が言っているような気がした。

由梨奈の父親に東名足柄のバス停まで送ってもらった。そこから高速バスで新宿まで向かう。

窓際の席に座り、車窓を眺める。バスで通勤するなんて学生みたいだな、と誠二は思ったが、いつもの満員電車に比べて、座って景色を見れるとは、これもまたひとつの贅沢なのかもしれないと思った。

いや、もし由梨奈と結婚したらこれが日常になるのだ。

小山町から職場までは距離はあるが、今住んでいる八王子も決して近くはない。贅沢も慣れてしまうが、不便も慣れて気にならなくなる。

毎日こうして通勤するのも悪くないのではないか、とそんなことを考えていたらバスは新宿についた。

 

午後七時に退社をして駅に向かっている途中に、誠二はふと、自分の車が小山町にあることを思い出した。

どの道、明日からの土日は由梨奈と会うことになっている。小山町に行くことには変わらないが、いまこのまま由梨奈の家に行ってしまおうかと思った。

そう思った瞬間、絡まっていた糸がするりとほどけるのがわかった。

これまで由梨奈との障壁は距離だと思っていた。だけど、そんなことは大した問題ではなかった。

こうして朝会社に来て、夜帰ることができる。

実際に体験してみると、随分些細なことだと気づいたのだ。

ふと、朝見た富士山が思い出される。

誠二は付き動かされるままに、昨日入った宝石屋に足を運んだ。

宝石店の袋を持って、新宿駅のバスに乗り込む。

発車待ちのバスの窓から黒い空を見上げる。

早く帰って「ただいま」と言いたかった。