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第6話:夏 子育て編

「こんにちは。小山町にお越しくださいまして誠にありがとうございます。私は小山町役場の岩田と申します。よろしくお願いします。」

岩田さんは背が低い中年の男性で、平常時もニコニコしていて、優しさを感じさせる目元のシワが印象的な人だった。

ツアー客は僕達しかいなかった。どうやら1組限定らしい。

てっきりもっと大勢いるのかと思ったので拍子抜けした。

「私たちしかいないなら、色々聞けるね」菜々子は意気揚々としている。

「それではまずは簡単に小山町の観光案内からさせていただきますね」

僕たちは岩田さんが運転する役場の軽自動車で観光地を巡った。

僕は実は小山町の存在をよく分かっていなかった。以前行ったことがある須走口すら「小山町」と認識していなかった。それなのに、こんなに小さな町に観光地なんてあるのか? とつい疑ってしまう。自分の故郷の福島だって、実際見るところなんて特別ないのに。

しかし、色々な観光地に連れて行ってもらい、意外に楽しめた自分がいた。金太郎の故郷というのはすごく意外だった。それを聞いた瞬間から急に由緒正しき場所なのかと、変なフィルターがかかるようになってしまった。

それよりも僕がいいなと思ったのは、いい感じの田舎だということだ。自分の故郷に似ているからかもしれない。冬になると雪も降るそうで、それも故郷を思わせてノスタルジックな気分にもなった。

むしろ僕は菜々子のほうが心配だった。菜々子は福岡出身で、田舎の生まれではない。大学から上京していまも東京だから、こういう何もない田舎は嫌がるのではないか。田舎暮らしとしては僕のほうが先輩なので、なぜか提案してきた菜々子よりも僕のほうが優位な立場にある気がして、相手を気遣う余裕すら出てきた。

「すごくいいところだね、小山町! やっぱり私の勘はあってた」

菜々子は目を輝かせて、移動中いろいろな質問を岩田さんに投げかけていた。僕の心配はまったく無用だった。なかなか図太いヤツだなぁ。こういう人なら田舎でも生きていけそうな気がする。

岩田さんも菜々子の無茶な質問にも丁寧に答えてくれる。

「オススメのスーパーはここです。野菜を買うなら農家の方が直接出店しているこのお店がいいですよ」とか、「東京に比べれば土地が圧倒的に安いですから、お子様が遊べる庭のある家も建てられますよ。子育て世代には割引もありますし」とか、「おすすめのランチはここです。私は週に2回いってます」など、一つ一つオトクな情報を挟んでくるのもニクい。

散々走り回って、最後についたのが道の駅ふじおやまだった。もう太陽が沈もうとしていた。

「夏は日が高いので、夕日はそれほどきれいじゃないんですが、また秋から冬にかけてとてもきれいなんですよ」うっとりしながら岩田さんは言う。

朝と違って富士山はくっきりと大きな姿を見せていた。こんな大きな山に抱かれながら生きるとは、なんと心地の良いことだろう。

僕は小山町の中では一番富士山がいいなと思った。別に富士山は小山町のものではないけれど、やっぱりここから見る富士山は自分にとって特別だった。この山が、生まれてくる子どもにとっては故郷になるのだ。そんな贅沢なことあるのだろうか。僕にとっては、故郷は磐梯山だけど、そのひとつに富士山が加わる。あれ、もっと贅沢だな、と思って笑ってしまった。

「何ひとりで笑ってるの、気持ち悪い」すかさず菜々子が茶化してくる。

「菜々子、小山町いいところだな」

「絶対明人は気に入ると思ってたよ」

もう一度富士山を見る。夕日に照らされている富士山は、キラキラと輝いていた。