今週のイベントタイトル
今週のイベント
イベントカレンダー
マイページ
小説タイトル画像

第5話:夏 子育て編

机の上に置かれた写真は4年前に撮った富士登山の時の写真だった。

かつての大学の仲間たちと一緒に登った富士山。そこには僕と菜々子も写っていて、それがきっかけで僕らは付き合ったのだ。

菜々子は手にアルバムを持っていた。ページを繰りながら「富士山に登る時、小山町の須走口から登ったの覚えてる?」と言った。

「いや、どこから登ったかは覚えてないけど……。この写真久しぶりに見たな。懐かしいなぁ」

「これがなかったら私たちは結婚すらしてないし、この子だって生まれてこないし、そう考えるとすごいと思わない?」

「確かにね。それはすごいことだけど……」

「じゃあ決まりね!」

そう言うと菜々子は食器を片付けて洗い物をはじめた。

机の上のダサいチラシは、全く現実味を感じさせなかった。

 

日曜日、僕と菜々子は車で小山町へ向かった。東名高速道路で東京から約1時間。

わりと早くついてしまったので、道の駅ふじおやまに車を停めた。

「やっぱり……」と菜々子がつぶやいた。

「ほら、チラシに書いてあったとおり。東京への通勤も便利ですって。これなら通えるんじゃない?」

「いや、確かにそうなんだけど、東京で車置くところないじゃん。車で通うのは厳しくない?」

「じゃあ新幹線かな?」

「なんか不便そうじゃない。ここ、新幹線通ってないし」

「でも電車あるし」

「ねぇ。もう住む気満々なの? すごくイメージできてるけど」

「だって、楽しくなっていろいろ考えちゃうんだもん」

車を出ると、すっと透き通るような空気が鼻を刺した。夏の太陽は活きが良く照りつけてくるが、空気は気持ちよかった。富士山は雲に隠れて見えなかった。

僕たちはジュースを買って休憩室で一息ついた。菜々子はどこからか見つけてきた小山町のパンフレットを見せて、いちいち僕に話しかけてくる。

周りには富士登山を目指している人がたくさんいた。みんな山に備えたスポーティーな服装をしている。

そういえば、僕たちも4年前にそんなふうに道の駅に集まっていた。山に登る前の独特の高揚感。

僕は富士山に登るどころか、見るのも初めてだったから、文字通り夜も眠れないほど興奮していた。

その時も、菜々子は元気に喋ってた。

「明人、いま何やってるの?」

「え、東京にいるなら今度飲みに行こうよ」

「仕事大変だねぇ」

菜々子は嬉しいとたくさん喋るのだ。

「ねぇ、時間あるからさ、須走口まで行ってみない?」

菜々子の提案に乗ることにして、僕たちは建物から外に出た。

すると、待ち構えたように目の前に現れたのは、雄大な富士山だった。

僕は思わず立ち尽くしてしまった。

圧倒されていたのではない。どこかこの巨大な山に、故郷の片鱗を見たような気がしたのだ。

『ここに戻ってきた』という不思議な感覚。

「やっぱり大きいね。すごい、富士山!」菜々子はスマホで写真を撮っている。

「ねぇ、富士山ってさ、明人のところの山とやっぱり違うよね。あの山も好きだけど。名前、なんだっけ?」

そうだ! 僕は今気がついた。

富士山に抱く感情がどこか懐かしさを感じさせるのは、僕が幼い頃からずっと見てきた故郷福島の磐梯山を思わせるからだ。

いつも変わらず、ずっと待っていてくれる象徴としての山。

それが僕にとってのひとつの拠り所だったのかもしれない。

今度は富士山が故郷になるのか。そう考えると、自然と心と体が高揚してくるのを感じた。