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第3話:春 定住編

再び人気のない平野へと車を走らせる。窓からは畑や山や林と、横浜ではお目にかかれないのどかな風景が流れていく。

「次の場所は、今日のメインだよ」

健はずっと上機嫌だった。自分の生まれ育った土地を案内するのに、こんな活き活きするのだろうか。

小山町には何もないといつもいっているくせに、それでもやっぱり生まれ故郷が好きなのだ。

小山町が体の一部と言っても過言ではないほど、健の生活や身体に染み付いている。

そういえば、私も自分が生まれ育った横浜から離れたことがなかった。離れようとも思ったことがない。

私も横浜という町が好きだし、体の一部になっているのかもしれない。

もしかしたらいま抱えている不安は、自分の体の一部が切り離されてしまうような、自分ではなくなってしまうような、漠然とした喪失感なのかもしれない。

仕事場が遠いとか、実家が遠くなるとか、そういう物理的なことは、実は解決されているのだ。

仕事だって小山町からも通おうと思えば通える。

要は、私がこの町に住みたいかどうか。

そんなことを考えているうちに、車は緩やかな坂道に突入した。何もなかった林道を抜けると、突然視界に飛び込んできたのは、まるで天に登っていくようなピンク色の絨毯だった。何千本もある桜の大樹が満開に咲き誇っていて、すさまじい迫力だった。

駐車場に車を停めて、私たちは桜並木を歩く。一面桜のこの光景は、みなとみらいとは規模が違って、私は終始キョロキョロとあたりを見渡すばかりだった。

「俺もこの光景は何度見てもすごいと思うよ」

「本当にすごい桜。感動しちゃった」

「富士山は当たり前になるけど、これは当たり前にならないんだよね」

「すごいなぁ」

少し歩くと、脇の芝生の上ではシートを広げた親子がお弁当を食べていた。芝生の緑と桜のピンクが、映画のワンシーンみたいで、幸せそうな家族を引き立てていた。

「昔は俺も家族で来たなぁ。お弁当食べたっけな」

「私も家の近くの公園でよく花見をしたなぁ。友達の家族も一緒に行って、楽しかったな」

「俺たちも花見しようよ」

「えっ。シートとか持ってるの?」

「いや、今日じゃなくてさ。来年とか再来年、それからもっと先でも。子どもが大きくなって、花見をして、お弁当食べてさ。きっと楽しいよ」

「それ……」

私は思わず息を呑んだ。健の言うことが、あまりにも私のイメージと重なっていたからだ。

健と私と小さな子どもと一緒にレジャーシートの上でお弁当を食べる光景が、はっきりと頭に浮かんでいた。

これから家庭を築いていくんだ。今日健と一緒に回った小山町で。

そんな私の気持ちを知ってから知らずか、健は私の方を見て顔をクシャッとして笑った。

花びらはまだ舞っていない。桜はいつまでも満開な気がした。